中国語歌詞
日本語訳詞
☆概要
中国が改革開放へと舵を切ったこと、そして文化大革命と、それが生んだ素晴らしい革命歌曲にみんな辟易していたんだということが伝わってくる名曲。
ポップと呼称できるほどくだけた曲調ではないが、軍歌調のものや頌歌が代表的だった文革までの歌曲と比べると雰囲気が全く異なることに気がつくはずだ。 それもそのはず、百度百科によると、作曲者の谷建芬さんが、文革が終わって新たな時代となったのに、その心情を描いた歌がないこと、香港や台湾地区の歌曲が禁止されながらも街にあふれていることなどに触発されて制作したとされる。歌詞はもともと雑誌『词刊』で発表されたもののようだ。また、過去にラテンアメリカに交流に行ったときに聴いた音楽にも影響を受けているとのこと。頌歌か戦歌(軍歌)しかなかったそれまででは考えられない創作経緯と言える。
十八番であった勇ましい調子や堅苦しい雰囲気を徹底的に排除して80年代の希望あふれる空気を表現している柔らかく明るい曲調は素晴らしい。紅歌もいちおう音楽なので、Aメロ→サビと移行するといったような構成はこの曲と同じはずなのだが、こちらのほうが格段に明るく楽しく聴こえてしまうのはなぜなのだろうか。おそらく毛主席や党をテーマに据えなくても良くなって作曲の自由度が上がったとか、上述したようにラテンアメリカの旋律を取り入れたから、などの理由が考えられる。しかし、それ以外にも私は「伴奏が豪華になった」という理由も原因として挙げるべきだと思う。もちろん、音源によって伴奏は異なるけれども、アコーディオンだけとかピアノだけ、たまにチャルメラ、のような質素なモノが多かった紅歌と比べるとどれも気合が入っている。
当時の若者に大ウケしたのは、軽快で希望を感じさせる曲調だけでなく、共感できる歌詞をそなえていたからだろう。
まず文革期の紅歌と大きく違うのは、聴き手の範囲を大きく広げたことだろう。文革期は労働者、農民、軍人、紅衛兵、牧民、少数民族などがテーマ、主要な聴き手となっており、あくまで階級が意識された歌曲であった。それが打って変わって「階級や所属を問わず、80年代を生きるすべての若者」という広いテーマになっているのは注目に値する。
80年代の若者(=50年代、60年代生まれ)はみな、文革を経験し、紅歌を聴き飽きて、中国人民の中でも特に階級闘争に疲れ果てた世代だった。そんな彼らに向けた「自由な世の中が来たからモーレツに働いて豊かになろうね!」というメッセージを載せた歌が流行ったのは必定だといえる。いまだに「四化(四つの現代化)」という政治的カンバンは掲げられているが、少なくとも「除四害(ネズミ・ハエ・カ・スズメを殺そう)」と比べれば、遥かに共感できるものであったろう。
この曲の歌詞には3回ほど「春光」というワードが出てくる。「なに文革を冬の時代みたいに扱ってんの?」というイチャモンは置くとして、この「春光」は単に経済的な自由を表現したものではないような気がする。たとえばプラハの春、アラブの春、そして北京の春など、「春」には政治的な自由という意味も含まれている。もしそちらのほうも含めて「春光」というワードを使用したとすれば、発表前年に起きた北京の春の終焉が「春光」に暗い影を落としつつも希望を失わず、未来に夢を託しているというようにも捉えることが出来る。しかしその夢は20年後を待つことなく、80年代の最後の年に打ち砕かれてしまうのだが、若者はそんなことはつゆ知らずこの歌を高歌した……というような悲しい側面を持った歌曲になってしまう。考えすぎかもしれないけれど、そちらの見方のほうが痛々しいほど希望を追い求めた80年代の熱気と哀愁に合っているような気がするのだが。
2019年のテレビ番組「启航2020」にはこの歌も登場したが、「八十年代的新一辈」が「改革开放的新一辈」と改変されていた。政治的な理由などではなく、おそらくは時代の変化に合わせ、80年代の若者以外にも適用できるように歌詞を変更されただけと思われる。
☆動画
さまざまな革命歌曲を歌った実績のある张振富同志、耿莲凤同志のコンビが華麗な転身を遂げて歌唱するバージョン。これはこれで穏やかに聴けてよろしいが、1984年に中央電視台へ出演して歌ったバージョン(bilibili動画)では楽団もつき、合唱もつき、なんともにぎやかになっており、また違った魅力がある。ついでに化粧もとんでもなくケバくなっているので一見の価値あり。
同じ時期の《金梭和银梭》もおすすめです
返信削除同志
返信削除コメントありがとうございます!
《金梭和银梭》は美しい曲ですね。
この曲もそうですが、80年代歌曲は红歌とはまた違った魅力があります。ここのところサイトの更新が出来ていませんが、《金梭和银梭》の翻訳、やってみたいと思います。