中国語の訛りと指導者たち

2020/06/25

志在四方山ばなし 習主席 中国語

広大な中国には数多くの方言が存在する。現代の指導者たちは比較的、普通話に近い言葉を話すが、毛沢東や華国鋒、そして比較的最近の人物である鄧小平も、その言葉はかなり訛っていた。今回は、各指導者たちがどんな訛りだったのか、それを人民は聞き取ることが出来たのかについて紹介したい。

・毛沢東…湖南訛り

有名な中華人民共和国建国の辞より。「中华人民共和国中央人民政府今天成立了!」と言っている。日本語で表記すれば「ジョンホワレンミンゴンフーグオ ジョンヤンレンミンジョンフ チンティエンチョンリーラ!」という音が近い。

毛主席の訛りだとこれは「ゼンホーイェンミンゲンホックォー ゼンヤンイェンミンゼンホー チンティエンチェンリラ!」に聞こえる。かなり普通話とは違うことが分かるはずだ。

しかしこの建国の演説はまだ聞き取りやすい方。毛主席も人民に多少配慮したのかな、と思える。以下の第一回全国人民代表大会における演説を見ていただきたい。
本領発揮する毛主席。最初の「我们的」以降、私には断片的にしか聞き取れないので文字起こしは諦めざるを得なかった。音質が悪いのもあるが、普通話とは全く違うことが確認できる。

中国人にも聞き取りづらいようで、言葉が通じる同郷、あるいは近隣の出身者が、有り体に言えば出世に有利だったようだ。彭徳懐や劉少奇、朱徳などが該当する。


・華国鋒…山西訛り

毛主席ほどではないが方言が強い。たとえば演説中の「无产阶级专政(プロレタリア独裁)」は巻舌音が消滅してるのもあって「ウーチャンジエジー ジュアンジョン」ではなく「ウツァンジエジー ズアンゼン」と聞こえる。

華主席は毛主席の故郷である湖南省湘潭県で働いた経験を持つため、毛主席の言葉も聞き取れたと思われる。素朴な人柄もあったろうが、だからこそ毛主席の信頼を得られたところもあるのだろう。しかし華主席の政権は長くは続かなかった。国家指導者史上最強の訛りを持つあの男が後に控えていたからだ。


・鄧小平…四川訛り

一番お国なまりが強い男、鄧小平。動画は香港返還についての会談だ。

最初から随分と飛ばしている。巻舌音は当たり前のようにないし、「的」の読み方が「ディ」とも「ディエン」とも聞こえる。「主权问题是不能够谈判的」の「是」の発音を聞いていると、「suk」というような発音にも聞こえる。広東語に近い発音なのだろうか。

南巡講話の映像などを確認すると、国内なのに通訳がいることが分かる。中国人にとっても、他地域の強い訛りであればほとんど聞き取れないのだろう。

ちなみに鄧小平はフランス留学経験を持つためフランス語に堪能だったと思われる。


・江沢民…江蘇訛り

江沢民主席の言葉は、ほとんど普通話だ。実際聞いてみると上記の毛主席や鄧小平同志のようなきつい訛りは殆どないのが確認できるだろう。しかし、出身地の江蘇省揚州市の南方訛りが確認できる。zh、ch、shの発音に特徴があり、「历史(li shi)」が「li si」となっている。しかし巻舌音が全く消えているかといえばそうでもなく、ただ特徴的な発音というだけで、比較的聞き取りやすい。

日本の占領下に生まれたため、日本語が話せる。炭坑節を歌えるというシブい特技をお持ちのようだ。


・胡錦濤…江蘇訛り

江主席とかなり似ている江蘇訛り。幼少期に江蘇の中を何度か移動しているので江主席とは少しだけ違う雰囲気もあるが基本的に発音は一緒といってよいだろう。

個人的に、胡主席はその実直そうな見た目からパリパリの普通話かと思っていたが、意外と方言が入っていることに驚いた。しかしそれでも、江主席と並んで全国の人民が聞き取れるレベルの言葉だ。


・習近平…普通話

今年、2020年の新年挨拶より。ものすごくキレイな普通話だ。指導者史上初のほとんど訛りがない人物ではないだろうか。下放されたり、各地を渡り歩いたり、といろいろな方言に触れたはずであるが、むしろその経験によって共通語である普通話を磨いてきたのではないだろうか。

方言があれば発音をああだこうだ言えるけれど、本当に普通話そのものなので特筆すべきことがない。



・総評
私のような中国語学習者にとって、習主席のようなキレイな普通話は大変に聞き取りやすい。しかし、毛主席や鄧小平同志のようなゴリゴリの訛りもまた、様々な方言を内包する中国という国家の指導者らしくて味があるものだ。

なお、劉少奇も紹介しようと思ったのだが、適当な肉声動画が見つからなかったため、紹介できなかった。別に走資派だから無視したというわけではない。

外国人にとって、方言の強い人々の話はほとんど聞き取れないか、相当に聞き取りづらいことと思う。では中国人には理解できたのであろうか。

答えとしては「ほとんど理解できなかった」。実際に中国人に「毛主席や鄧小平同志のお話を、当時聞いてわかりました?」と伺うと、「字幕がないと理解できなかった」、「断片的にしか理解できなかった」と言われることが多い。つまり、ニュース映像として字幕が付けられたものや、アナウンサーによる概要の発表、講話中の聞き取れた断片をつなげて意味を推し量るといったことで理解していたようだ。もちろん、同郷の出身ならば容易に理解できるだろうが、他地方の出身者だとそうもいかなかったようである。

中国各地の方言の話者や規模は次第に減少している。外国人にとってはありがたいことなのかもしれないけれど、毛主席の湖南訛りみたく「え?なんて言ってるんです?」となってしまう田舎のおじさんが消滅してしまうのはなんとなく寂しい。