中国語歌詞
日本語訳詞
☆概要
今日紹介するのは、「赤色童謡」とでも言うべき作品。中国語を知らないで、この童声合唱で彩られた明るく勇ましいメロディを聴くと「なんだ中国の童謡ってそんな変じゃないね!」と思うかもしれないが、しっかりと歌詞に「共産党」やら「毛主席」などというアレが織り込まれてしまっているという、やっぱりチャイナな一曲だ。ゆっくりめなテンポとオーソドックスなメロディーながら、しっかりと「鼓舞我们永远向前 永远向前!」といった盛り上がりを作っておき、子どもたちの社会主義マインドを高揚させるよく出来た作品である。
曲のことを語る前に、そもそも「雷鋒兄さんって誰よ?」ってところから解説してみよう。雷鋒は湖南省(毛主席と同じ)生まれの孤児であった。成長して軍人になった雷鋒は、その小さな体に似合わぬ剛毅さと優しい心を持った人民の戦士として人々に知られるようになった。そして何より、優秀な兵士、優しい兄さんであるだけでなく、節約と人民への奉仕に一生を捧げた共産主義新人の良き手本であった。22歳の若さにして事故に遭ってしまい、その輝かしい人生を終えるが、毛主席が「雷鋒同志に学ぼう」と提起なされたことにより全中国の青少年が、彼らの心の兄さんから「人民に奉仕する」という宝物を受け継いだ。現代ではあまり目立たない存在だけれども、それでも雷鋒と言えば全人民が知っているレベルの有名人である。
上記の通り、現代では無私の奉仕精神を喧伝する雷鋒という存在が時代に合わなくなってきているし、中国以外では知名度ゼロな雷鋒同志だが、懐古的な作品には高確率で名前が登場し、最近で言えば映画『芳华』でも主人公、刘峰が「活雷锋」と呼ばれている。日本語訳するならば「模範兵士」くらいが分かりやすくて良いかもしれない。しかし、日本語版『芳華』を見たところ、翻訳家が我々紅衛兵に気を使ってくれたのか「雷鋒二世」と訳されていた。攻めた翻訳でいいね。
雷鋒同志。ちょっとだけえなりかずきに似ている気がする。 |
さて、そんな為人民服務を体現したような雷鋒同志であるが、中国共産党が作り出した虚像に過ぎない、という意見がある。いつもならば「反動派が最後の悪あがきで雷鋒同志と母なる党を穢すという軽挙妄動の愚を犯している!死ね!」と批判するところだが、あまりにも出来すぎた青年であり、かつ絵に描いたような毛主席ファン、かつ、若くして亡くなるという英雄性をも有しているためちょっと官製の匂いが強くないか?と感じなくもない。「雷鋒は作り物」という説は不快だけれども、軽々と抛棄せず、そのうち、しっかり検証してみたいと思う。
では曲の話に戻ろう。まずは創作年代に関してだ。申し訳ないが、何年に作られたのかはっきりと分からなかった。ただし、歌詞の内容から明らかに雷鋒同志の没後に作られたものだとは分かる。でも「毛主席的教导永不忘」というのはクセモノだ。毛主席の生前でも、そして没後でも使えそうな表現だから。管見だが「毛主席」という単語は、1980年以降の歌曲にはほとんど見られない。こういった点を踏まえて考察すると、雷鋒同志が亡くなられた1962年から、毛主席という太陽が沈んだ1976年の間に作られた歌曲ではないかと推察される。
作詞者は「杨茵」と百度百科には書いてあるが、私が調べた範囲では、この曲の作詞者を「杨茵」としているのは百度百科だけであった。『红歌宝典』や中国のカラオケ映像などを確認すると「杨因」が正しいと思われる。
作曲者の李群女史は児童音楽の大家として知られる。この曲を始め、数々の赤色童謡を世に送り出し続けた偉人。音楽会ではなかなかの有名人であるはずだが、なぜか「〇〇年に△△を作曲した!」みたいな情報が一切出てこないのが謎。中国らしいけどね。ちなみに、彼女の旦那さんは李焕之同志。こちらも有名な作曲家で、代表作品は「社会主义好」など。
翻訳は童謡風にした……のだが、そうするのが難しかったのでヘッタクソな訳になっている。児童音楽に「毫不利己」とか「决不自满」のようなことばを漢語調に翻訳して載せるわけにはいかないので、柔らかい表現にしようと苦心した。中国の紅小兵たちの耳には、この曲がどう聞こえたか知りたいところである。
ちなみに「毫不利己」は毛主席が発した成語。日本語訳中では「なかまに尽くし」としたが、別にセクト主義を鼓吹する意図は無いことを表明しておく。このことばは「べチューンを紀念する」で使われているハズ。「专做好事」は雷鋒とか為人民服務概念と絡めてよく使われる成語で、「好人好事」などのバリエーションもある。
☆動画
CCTV公式動画。北京童心合唱团という名前はとても面白い。「童声」ではなく、あくまで「童心」なのでじいちゃんばあちゃんでもOKというわけだ。ただ、体は老人なのであきらかに声量が足りてない。
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