「中共」という呼称に関する若干の意見

2021/05/31

志在四方山ばなし 中国語

中華人民共和国の蔑称は数あれど、もっとも長い(そして悪しき)伝統を誇るのが支那人・シナ人というものであろう。彼らに対して敵意を表明したり、不快感を覚えさせたければこれを使っておけば間違いないという存在なはずだ。だが、最近のインターネット上では、昔と比べるとこの蔑称が使われることが少なくなっていると感じられる。一昔前のネットではチョン・シナという文字列を見かけない日がないほどの荒れ具合だったから、多少、ネットの民度もマシになったかと思いきや、どうやら違うようだ。


ヘイトスピーチが攻撃され、中国が存在感を増していることに恐れをなしたのか、支那人・シナ人をおおっぴらに使う人は減ったような気がする。でも中国に対する不快感を表明することはあきらめたくないようで、そのためにあまり過激でない単語へと呼称を変えたようだ。それが「中共」 である。ためしにYouTubeと検索すれば「侵略」だの「崩壊」だの「殲滅」などと明らかにマイナスの単語が並ぶ。『日本と世界を騙しに騙した中共の正体 ─支那事変から武漢肺炎まで』なんていう本が出版されていることからも悪いイメージが付いていることは推し量れる。おそらくは中国共産党という語を中共と略すことでぞんざいさを醸しだしているとか、日本共産党の蔑称である日共を意識しているとかの理由があるのだろう。


そんな感じで反中派界隈に一定の市民権を確保したと思しき中共呼びだが、実は中国共産党の正式な略称であるということは述べておかねばなるまい。


あっ、習主席こんにちは。見づらいが、画像上部に「中共中央党史和文献研究院」と見える。これは人民日報(中国共産党の機関紙)のホームページから引用したものだ。この他にも探そうと思えばいくらでも中共という単語を使用している例を探し出すことができる。それほど全く違和感を覚えず、常用されているのが中共という呼称なのだ。

 

 

こちらは中華人民共和国成立70周年閲兵式での模様。動画16分50秒ころから李克強総理が習主席を紹介し始めるが、その時の文言は「中共中央总书记、中华人民共和国主席、中央军委主席」であり、ハッキリと中共という単語を使っている。

 

事程左様に本人たちが堂々と使用しているので、蔑称としては落第である。我々が自由民主党の党員、あるいは熱烈な支持者だとしよう。中国人が我々に向かって「自民!自民!」と叫んできたらどうだろうか。叫んでいるのだからなにやら怒っていることは伝わるけれども、自民ということばは我々も当たり前に用いる正式な略称であるから、中国人が自民という言葉に込めたであろう侮蔑的意図までは伝わってこないはずだ。

 

この「正式略称である」という点以外にも実は問題がある。それは中華人民共和国を指しているのか中国共産党を指しているのかわからないというところ。おそらく使っている本人たちもあんまり考えてないとは思うが。中国共産党を指して言うとしたら上で述べたように正式略称だから蔑称としては不適格だ。

 

しかし、中華人民共和国を中共と呼ぶことは蔑称になりうる。たとえば国民党反動派を支持していて、「今の大陸は共匪に支配されている!」と主張しているのなら、国名である「中華人民共和国」を使用せず中共と呼ぶことで「国家として認めていません」というスタンスを表明している、と考えることもできる。

 

ただ分かりづらいからこれも不適格だろう。党と政府がほぼイコールの国であるから、中国が何かやらかしたらそれは中国共産党がやらかしたようなものだ。それに対して「中共はこれだからクソだ!」と批判しても党のことを指しているのか国のことを指しているのかわかったものではない。まさか「中共(蔑称です)は中共(略称です)の支配から脱却し~」と書くわけにもいくまい。

 

他には共産中国とか大陸側とかの呼称があるにはあるが、これらは全て国民党反動派を正統とする対立軸からしか中華人民共和国を捉えることが出来ず、両岸問題や台湾独立運動などが複雑に絡んでくるため、「ただバカにしたい」という欲求を満たしてくれるアホとかボケのようなシンプルな蔑称ではない。


じゃあ蔑称復古の大号令というわけでホコリをかぶった支那人・シナ人を持ち出すかもしれないが、これにも問題がある。CHINAと同根の言葉だとすれば、これは中国人の言い換えとなるだろう。中国人は漢民族だけではなく、中国に在住する56民族全てを包括する言葉として用いる場合もある。だから、おそらくは敵意を向けたくないであろうチベット族やウイグル族までも、支那人・シナ人と呼ぶことで攻撃してしまう可能性がある。 

 

残るはちゃんころくらいのものだが、こちらは蔑称として使用するにはあまりにもユルすぎる。支那人・シナ人、中共の並びと比べてしまうとどうしても発音も字もカワイイ。朝鮮人に対する蔑称であるチョンも似てはいるが、雑に呼んでいる感じのあるこちらと比べるとちゃんころは和やかというか、あまり蔑称ぽくない感じが個人的にする。


あれもダメ、これもダメとなったら何を中国に対する蔑称として使えばいいの?

良い質問だ。蔑称など使わずに中国と呼んでやれば良い。